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1850〜70年代初頭
1800年代中期、開拓時代の真っ只中にあったアメリカでは、丈夫な労働着が待望され ていました。そこでリーバイ・ストラウスは、テントに用いられた厚手のブラウン・
キャンバス地で、世界最初のジーンズを商品化しました。そして、さらに丈夫なパン ツを作ろうと工夫を重ねていた時に、ヤコブ・デイビスがリベットでポケットを補強
することを思いつきました。そして、パンツが試作されました。
(1870年リベット付きのパンツが試作)
■ 1873年
リーバイ・ストラウス社は、リベット補強のアイデアを持ち込んだ、仕立屋のヤコブ・デイビス と共に「衣料品のポケットの補強に金属リベットを使用する方法」に関する特許権を申請しましたが、
これが1873年5月20日に認可されました。リーバイス・ジーンズが「オリジナル・リベッティド・クロージング」と呼ばれる由縁です。この歴史的な日は、レザーバッチに
図案化され、今日の製品にも使用されています。 特許によって、リーバイスの独占商品となりました。
(1873年「リッベット補強」に関する特許が認められ リーバイス・ストラウス社に独占使用権が与えられる。)
(バックポケットにステッチが入る。)
■ 1873〜80年代初頭
リベットの使用に関する特許が認められたその年、 バックポケットにステッチが縫い込まれるようになりました。 現在の「アーキュエット・ステッチ」は、リーバイスのトレードマークの
ひとつとして登録され、現在も使用されている 衣料品の商標では、最も古いものだと言われています。 1873年からの10数年間に、レザーバッチなど、現在の501
に読くジーンズの基本ディテールが完成しました。
(1886年「ツーホース」マークのレザーバッチが付く。)
(1890年ロットナンバーを導入。ウオッチポケットとバックヨーク が付く。)
(1900年バックポケットが2個になり、5ポッケトのスタイルを完成。)
■ 1906年
リーバイスの本拠地であるサンフランシスコに大地震が発生しました。 リーバイ・ストラウス社も、オフィスや工場などのすべてを失いました。 しかし、その頃すでに市内でもっとも有力な企業に成長していたために、地震から
わずか数週間後には生産を再開することができました。 そして、わずか5ヶ月後には、近代的な設備を導入したバレンシア工場を完成しました。 ここでは、今でもリーバイスの伝統モデル501が生産され読けています。
■ 1920年代
リーバイスは、衣料品業界で初めて流れ作業による生産を開始しました。 これは当時注目のデトロイトのフォード自動車工場のシステムを衣料品の縫製工程に
応用したもので、全米で話題になりました。
(1922年・ベルトループが付く。サスペンダーボタンと併用。)
(1935年・女性用カットのジーンズを初めて発売。)
(1936年・赤タブが取り付けられる。)
(1937年・バックポケットのリベットがコンシールド型になる。 ・サスペンダーボタン廃止。)
(1938年・赤タブが商標登録される。)
■ 1940年代
リーバイス・ジーンズは、米軍兵士をはじめ直接的に戦争に関与する人にしか 購入が許されませんでした。 また、トレードマークのひとつである「アーキュエット・ステッチ」は、
糸のムダづかいと見なされその代用として、ペンキによって描かれました。 製品に徹底した高品質主義を貫いてきたリーバイスにとって最も辛い時期でした。
(1942年・股下リベットの使用中止。尾錠の取り付け中止。)
■ 1945年
ジーンズの誕生から数10年たっても、"西部の服"でした。 ところが、第2次世界大戦中に、リーバイスの品質と名声が、東部やヨーロッパの 兵士に伝わり、大戦終結後、リーバイスは注目を集めました。
■ 1954年
「ライターブルース」と名付けられた世界初のフェイドパンツを発売。 ジェームス・ディーン、マーロン・ブランドという、ジーンズの似合う 二人のヒーローが誕生し、リーバイスの人気は急上昇しました。
(1954年・本皮パッチの使用を中止。新しい材質になる。)
■ 1950〜60年代
1950年代後半から、ジーンズの大ブームが起こりました。 そしてジーンズがアメリカ人だけでなく、世界の若者の服になったのもこの時期です。
リーバイスは、ブルーだけでなく、ホワイトやコーデュロイなどの製品を次々に開発。 そのいずれもベストセラーとなり、今日ベーシック・ジーンズと呼ばれる商品体系が
確立されました。やがて60年代後半には、ライフスタイル革命やヒッピー文化のなかで、 リーバイスは若者たちのステータスシンボルとして、その地位を確立しました。
(1961年・コーデュロイなどデニム以外のジーンズを次々と開発する。)
(1963年・防縮加工デニム+ジップフライのジーンズを発売。)
(1964年・「ホワイト・リーバイス」発売。)
(1967年・バックポケットのコンシールドリベットを廃止。裏バータックになる。)
■ 1970年代前半
1971年に日本支社が発足。リーバイスは、今やジーンズ・ファッションのキーのひとつと される日本市場で本格的な活動を開始しました。 1973年には、ジーンズをキャンバスに見たてた「デニム・アート・コンテスト」が開催され、
大いに注目を集めました。
(1971年・タブのロゴが"ビッグE"から"スモールe"になる。
■ 1970年後半〜現在
リーバイス・ジーンズが誕生してから現在までに、35億本以上が生産されました。 この天文学的な数字は、いまなお、急ピッチで増え続けています。
アメリカ、ワシントンの国立スミソニアン博物館には、リーバイス501が 永久コレクションとして所蔵されています。
(1981年・赤耳付きデニムに加え、広幅デニムの使用を開始。501の女性用カット発売。)
(1986年・赤耳付きデニムの生産中止。すべて幅広となる。)
(1992年・赤耳付きデニムの生産を再開。501−XXが復刻される。)